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ヴィンセント・チュイ監督の「狭き門から入れ」について

昨日、テアトル新宿にて「ディアーディアー」の菊地健雄監督と
対談して、大きい反応を得たヴィンセント・チュイ監督は今日
再び「日本・香港インディペンデント映画祭」に登場!
昨日は16年前のデビュー作「憂いを帯びた人々」を皆さんに見せたが、
今日は9年前の作品「狭き門から入れ」が上映されます。
二本とも旧作にも関わらず、今の香港を理解するにはとても重要な映画だという
ことを逆に思わせられる。

「憂いを帯びる人々」で鮮烈のデビューを果たしたヴィンセント・チュイ監督は
香港のスター俳優、レオン・カーフェイの目に留まって、
レオンのプロデュースと主演で「追蹤眼前人」を撮り、商業映画にも進出した。
その後、商業映画の不自由や制限などにちょっと違和感を持ちながら、
再びインディペンデント映画制作に取り関わり、撮ったのはこの第三作目の「狭き門から入れ」

この映画は返還から10年を経た香港と大陸の深圳を舞台として、警察、新聞記者、
牧師という接点を持たない三人が弁護士殺人事件を通じて繋がり、
中国官僚と香港不動産企業が癒着し利権を得たスキャンダルを暴いていく。
真相への門が益々狭くなっていくこの時勢、果たして彼らは自分の正義を
貫くことができるだろうか?そして、中国政府が約束した「一国二制度」は
果たして維持されているのか。。2008年に作られたこの映画はその後、
香港で次々と起きた、香港の民主制、法治、マスコミの自由に脅かした
不祥事を予言しただけじゃなくて、その始まりに過ぎないことは2017年の今、
我々がこの映画を見直すと、再び知ることになるだろう。
ヴィンセント・チュイ監督は、商業映画ではタブーとされる香港と中国の抱える矛盾や
政治の陰謀を描くと同時に、第一級のクライムサスペンスとしても成功している。

原題「三條窄路」の「窄路」は「狭い門から入りなさい」という聖書の言葉から来ている。
映画の中で終盤、主役のマー牧師が“狭き門から入れ、たとえ狭き門でも
狭き道でもその先には必ず真理がある、真理を求める者は孤独だ”と語るシーンがある。
このシーンを見て、おそらく誰でも僕と同じく、その後、いろいろなところで
戦っていた香港人の姿と照らしながら、感動せざるを得なくなるだろう。

今年もノミネートされているが、過去二度の香港アカデミー賞助演男優賞にも
輝いたリウ・カイチー(廖啓智)(この夏に日本劇場公開決定、
10年後の香港の未来を問う問題作「十年」での名演もまた素晴らしい)が主役の牧師を熱演する。
そのほか、日本でもよく知られる中国のドキュメンタリー映画監督、
ドゥ・ハイビンがスキャンダルの鍵を握る中国警察役を好演している点も見逃すことができない。

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